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森の湯トップ  English Top 第一章(男声の特質)  歌集トップ  レコーディング方法  森の音響空間

男声の特質シリーズ第(男声のサウンドスペクトラム的特質について 男声の特質ーその1; ビブラートの性質と倍数波による重層的和音と現代音階の不協和音について その2: 和声とビブラートについて 男声歌唱のオーディオ再生について 男声歌唱のレコーディングにおける留意点 歌唱発声における物理的・身体的要因-進化論的考察 音階移動速度と身体の共鳴空間および部屋の残響時間の関係 第8章 男声アカペラ(独唱)録音における留意点-その3:最大音量について 男性の低音限界発声について 男性の最大声量とスペクトルの歌唱言語による違い 11 男性の身体共鳴周波数と共振支配による発声波形の量子化と声量の関係の解析   声帯振動と非声帯振動の比較と歌声 男性の超広帯域発声ーバスとテノール声区の連結 バスとテノール連結声区の声洞の物理サイズの計算)章

第8章 男声アカペラ(独唱)録音における留意点-その3:最大音量について                   

1. 録音レベルの設定のための基礎的実験の抄録

    男声の特徴は、声にパルス的要素があり、5倍から7倍の奇数次高調波が高く隣接した偶数次とビートを起こすこと、さらに声道共鳴が高く、録音に必要な帯域幅は、通常考えられるよりも高いほうに伸ばす必要ああるということを述べてきました。 一般的なサウンドレベル測定器(騒音計 dBC)では大きな違いがでますので、レベル設定は、波形を観察しながら行う必要があります。  ここで、伴奏なし”について特別に説明する理由は、伴奏があったり、合唱だったりすると、伴奏楽器や他者の声と特定の個人のボーカルの波形の相互干渉した合成波形となるので、以下の特質は変質したり緩和されると考えられるからです。 また、もちろん個人差はありますが、声帯や咽頭などの身体的構造や発声制御神経系は基本的に同じで、いわゆる生物学的性質ですので、大なり小なり成人男性全般に当てはまると考えていいかと思います。  

図ー1 ショートホルン

ショートホルンーおもちゃのホルン

左の図ー1は、そのアルプスの土産のショートホルンです。 実際に吹いてみると、突然大きな音がでます。バグパイプの原型のような音がでます。 大きさはあまり調整できませんし、音程は601Hz D5で、ほぼ一定です。 次の図ー2にホイッスルなどともにまとめて説明しますけれども、音量は129dBとなりました。 ただ、上下非対称なので、実際は120dBくらいでしょうか(次の図-2)参照。  上下非対称ということは、直流成分があるということですが、それは吹く息の一方向の強い流れにより生じているのでしょう。

図ー2 音階移動による声量の変化と単純音源との比較 

下の図ー2に、図ー1のショートホルンとホイッスルと護身用アラームと男声の音量比較を行いました。

男性の発声における声量パターンと非声帯音源の比較

まずは、男声の発声パターンです。 ここで比較使用とする音源のなかで唯一周波数を変えることのできる音源です。 しかも広帯域に変えることができます。 G2からF5まで声量をできるだけ大きくとりながら段階的に上げ、最後に最大にトライしました。 その結果ですが、開始点のA2で85dBで、最後のひと吹きで115dBを超えて飽和してしまいました。 下降の際に再び胸郭共鳴で第2の極大に達しましたが、これはぎりぎり115dBでセーフです。 この音階は、上昇音階での共鳴(E4)よりも高いF4ですが、発声の後半になり肺の下側(横隔膜)が上昇しまた胸郭も息を吐き出しがすすんで縮んだ状態で共鳴周波数が上がったと考えていいでしょう。 G5での最大の直前にF5でまず極大を迎えていますので、このときにいれた力でさらに胸郭の有効共鳴体積が縮んだと考えれば理屈に合いますね。 あとでAmpゲインを入力減衰器を使って20dB下げて再度行ったところ、先の最大値は126dBということになりました(ブロックDとE:後に補足拡大図有り)。 次に、アラーム、ホイッスル、ショートホルンと続けて示してあります。 どれも音程は調整できませんけれども、アラームは、平均が90dBで男声に見られるような細かいスパイクが105 dBくらいです。   
   ところで、ここでいう胸郭共鳴などの身体の部分による共鳴は、共鳴定数の異なる場所でも変化しない、個人固有の物理的常数です。  図ー2においては、一部の記録のためにー20dBの入力減衰器をオンにして記録している部分があり、黄色の横バーでその区間を示しています。

ホイッスル(区間Dの前の"wh")が、2740Hz付近に男声の声道共鳴のようにピークがあり、思いっきり吹いた場合の最大強度は125dBです。 余談ですが、ホイッスルとは、男声の声道共鳴だけをとりだした声のような”楽器”なんですね。 最後にショートホルン(最後のLvの手前に"sh"と記しています)ですが、129dBが最大ですが、なぜか、波形が上下非対称ですので、中心値をとれば125dBくらいのようです。 不思議にこれらの小型の”吹奏楽器”の音源強度は男声の最大声量と同じくらいです。 ついで、大声ということならどれくらいがでるのか調べたのが最後のブロック”Lv"です。 866Hzで130dBで、歌唱よりは5dBほど強い結果で、これらの”楽器”のなかでは最大でした。 ここでは、この実験やった同一人が全部やってるので、同じ息のソースですから、当たり前なのかもしれません。 思いっきり息を吹き込むのが声帯か、ホイッスルか、ショートホルンかで大差はないというわけです。  短時間ならば、130dBでますから、いわゆる一喝で黙らせるということができるわけです。 話はそれますが、これらの中で一番しょぼいのが、街で売っている護身用アラームですブロックAとBの間に"alarm"で記してあります)。 規格では90dBとなっていますが、男声ビブラートのようにスパイク波形が入っているので、強くみえますが、中心部分は確かに90dB-100dB程度でした。騒音計でもそれくらいの値でした。 Aの男声C4の定常発声よりは大きいですが、BとCにあるようにすこし”本気”になって、音階を上下させたり高い声を出すと簡単に超えてしまいます。 図-4Bにその比較と音源ファイルがあります(20dB下げた記録)。 通常レベルの10分の1の大きさ(-20dB)での記録です。 防犯ブザーのほうは、大声に比べて聞いてみると、まるで腕時計のアラーム程度の感じで、全然かわいいので役にたつのでしょうか。  余計な提案ですが、圧縮空気かなんかを使ったホイッスルかショートホルンの声帯型装置が最高ではないでしょうか。  男性の歌唱における声量曲線(発声音階ごとの最大声量グラフ)ならびに男声声区との関係のは声区(男性声量曲線)にあります。

図ー3  広帯域音階移動の頂点音階における声量レベルの調節

図ー3にちょっと複雑な実験です。 左のAの部分はG#2からF#5まで普通に上げた場合ですG5付近の高音での最大声量と最小声量の切り替え。上昇途中の胸郭共鳴による声量の増大がみられます。 その後F#5に少したもってから、下降しG#2に戻ってきます。 下降では、上昇よりは大きなD#4の倍(D#5)の共鳴が出ています。 D#4付近で上りより大きな声量の増大(2倍程度)が見られ、また低音末端(G#2)では最小の声量になるというのは、いままでどおりです。 さて、次に右のBにおいて同じシーケンスを繰り返しますが、共鳴点近くのE5に達した時点でクレッシェンドをかけて約110dBにもっていきます。 さらに圧力を上げて一音階上げF#5にすると自然に声量が落ちます。 声帯の締りが強くなるからです。 そこから、さらに圧力を上げ一音階上昇を狙うのですが、いつもとちがってF#5から声量を絞りこんで半音階ずらせてG5にもっていきます。 すると、音階がG5に上がると同時に一気に声量が落ちてピアニッシモの状態になったことがわかります。 下の図-3添え図の拡大でわかるように、この音量は約90dBです。 そのあと、下降音階にはいり、G#2まで落とします。 この間のダイナミックレンジは、SPLで110dB-80dB=30dB(31.7倍)になります。 最後のG#2は88dBでした。  

次に、これらのポイントの音源を示します。
1  F5  690Hz 119dB  ブロックAーCの頂点音階
2. E5  675Hz 109dB ブロックBーD
3. G5 801Hz 90dB    ブロックBーD 中央頂点
4. G#2 104Hz  87dB  ブロックBーD 終点

図ー3E. 添図 - 図-3の領域Dの中央付近振幅記録の拡大  F#5→G5→D#4

G5でのピアニッシモG5付近の高音での最大声量と最小声量の切り替え

縦軸は相対比例電圧出力で、フルスケール1.0が最大(115dB) です。

図ー4A.  大声(叫び声)による最大声量

音源ファイルMP3

最大声量130dB SPL at A5 の波形と倍数波サウンドスペクトル


録音レベル: -20dB減衰器使用、135dB SPL フルスケール

B.の防犯ブザー(Alaram)は公称90dB SPL(50cmはなれて)です。
A.の声も同じ距離(発声者の口先の位置)からの録音です。
一番下に最大声量点付近の音源の波形を示します。

 

図-4B 防犯ブザーと叫び声(音源MP3)

男性叫び声と防犯アラームの周波数と振幅の比較

図-4Bに示した防犯ブザーは3000Hz-4000Hz(G7-B7)くらいのビブラート音ですが、音が小さくて話になりませんね。 20dBの差ですので、振幅ではアラームは叫び声の10分の1でしかありませんし、倍数波はほとんど認められない”きれいな音源”です。
  次に 上の図-4にしめしたように、130dBに達する大声とは歌声とはどこがちがうのか、拡大してみました。若干、残響のような尾をひいていますが、部屋にあるピアノの弦など違う振動体が、大声の始まりのバースト音で三角波パルス駆動され(弦が弾かれた状態で)少し異なる周波数(F6)で振動を起こしているような感じがありますので、とりあえず除外して考えています。 ところで、発声部分については、音階は短時間(約0.3秒間)で長周期ビブラートの一周期分ですが、比較的安定したA5で、後は音階時間とほぼ同じ時間で連続的に下がっており、全体では0.6秒ほどとなっています。 途中、ピークが盛り返すところは、胸郭共鳴点に当たるD4付近です。周波数が連続的に下がっているので、この尾を引く現象は、残響(残響だと同じ周波数)ではないことは確かで、声帯の反射行動だと考えられ、声帯を余震動から守るために反射的に緊張を息の圧力を下げながら徐々に弛緩させていったためと思われます。 いきなり切ると、一気に共振して壊れるのでしょう。 それと、歌声のように波形が正弦波とか量子化した波形ではなく、先に示した図-4Aの一番下に示したように三角波に近い形をしているのも特徴です。 この発声は、喉を最大に開いた状態ですので、そこで最大の音量を出すため、声帯振動をそのまま喉から”放り出した”ことによる”生の声”とまず考えられます。

    しかし、大声は、共鳴器をもたない図ー1のようなショートホルンでみられるような倍数波が暫減するような倍数波構成ではなく、比較的正弦波に近い構成をもっていますので、やっぱり体のどこかの共鳴が関与しているとみられます。 これら比較はすべて同一人物が続けて行っており、時期によるデーターの違いがあまりないことと、また違った時期の多数の広範囲の音域のデーターにも着目してみますと、どうやら、被検者の2分の1波長共振であるBR1に2種類あり、その高いほうが800Hz付近であるので、そちらの共振のような感じもあります。 この最大音響での声質は一種類しかありませんが、歌声のときは、10dB程度の伝達関数処理が行われ声に多様性が付与される分、最大声量が120dBくらいに下がるのだと考えてもおかしくはないでしょう。 共鳴空間をもたない皮膚を振動させる実験でも両端固定型の正確な倍数波を生じるので、声に生じている倍数波は、声帯振動そのものによってもたらされているということです。 これは、歌声は残響を生じるような響板型あるいは空洞型共鳴を中心として作られてはいない、という仮説のひとつの証拠のようなものです。

図ー4  超広帯域の音階移動による声量変化

音源(ブロックF):mp3  Hires

バス以下極低音F1からカウンターテノールC6 の間の超広帯域音階移動のサウンドスペクトルと声量変化バス以下極低音F1からカウンターテノールC6 の間の超広帯域音階移動における声量変化拡大図

この図では、極低音のF1から始まって、音階の自由な上下を繰り返して次第に範囲を広げていった場合の声量の変化です。 ブロックAでは、F1からF3くらいまでのLow Voiceによる上げ下げで、EのところではF2からC6まで上げています。 Fでは、 D2から開始して、F1を経由して上昇しE5で一時とどまり圧力を保ったまま前回と逆に声量を下げてG5に移動しています。 このブロックFの音源を提示しています。  各ブロックの細かい音階・振幅の話はとりあえず置いておいて、大雑把ににみると、Low Voiceでは、80dB-90dB、音域が上がるにつれ増大していきますが、響きを重視した場合は、D4-E4とその一オクターブ上のD5-E5の2箇所に最大声量がくることがわかります。G5-C6(裏声ではない)では下がっています。 B-Fで何度か繰りかえしていますが、同じ傾向ですね。 最大は、FでのE5で110dB程度となっています。ブロックFの時間軸拡大図も示しておきました。 音階範囲は、F#1->E5->G5->F1です。 この拡大図でわかるように,音量に大きな差があるとともに低ー中音部ではビブラートスパイク、高音部では身体共鳴や音階移動によるスパイクが目立っています。 
   こういったことは、特に伴奏がない場合の自然な声量変化の傾向は、レコーディングの設定で極めて重要なポイントです。 もし、男声歌手に自由に歌ってもらったら、低音の70dBくらいから、いつのまにか120dBとかになるわけですから。  これだけのダイナミックレンジと応答のよさが必要だから、レコーディング時は192kHz 32bitを使うことになるわけです。  要するに男声単独歌唱の場合は、音質の要素は、振幅変化率にあるというわけです。これは、レコーディングのマニュアルにあるような”ポップノイズ”とは全く別のもので、歌声の立派な成分のひとつで、カットすると空気をゆるがすような響きが失われます。  このサイトでの調整では、マイク入力が147dB SPLのNT2Aに行き着いたのもそういう理由です。 マイクプリアンプの出力ゲインは0dBに固定し、出力を実測しながら、入力ゲインを調整して30dBにセットします。 計算上は、33.7dBのプリアンプゲインで、NT2Aの規格の94dB SPLでの出力(0.016Vrms) が0 dB=0.776 Vになります(波形ピークは1Vであることに注意)。  MICプリアンプの最大出力は、+16 dB程度ですので、計算上110dB rmsが最大です。 3.7dB下げて設定しますので、これであとはAudacityのディジタルスケールを見ながら、A-Dコンバータのゲインを調整して115dBが最大スケールになるように設定したわけです。 ピークで見てはいますが、値はrms換算になります。この後、いくつかの音源や騒音計(dBC)を併用してスケールの検証をしています。  音源が正弦波なら一致するはずです。  この強度で通常の歌唱では問題はありません。  なぜなら、115dBを超える声量になるのは、D5以上であり、最大声量がでるのはF5- A5付近であって、通常は使わない楽譜にはない高さです。 C5までの通常の高さで出るトランジェントピークは、ほとんどこの範囲に収まりますから、レベル調整の技術員がはりついていなくても全然問題ないわけです。 ただし、音階跳躍や最後のフォルテシモを張った場合や音階降下中に、D4付近での2倍波(D5)の胸郭共鳴により、115 dBを超えることがありますので、そのような曲のときは、NT2Aの-5 dB Padを入れます(後述: 図ー4 ブロックF)。
 
   なお、ここでの調整は、最終的にはピークレベルで読み替えて調整していますので、振幅表示はピークですが、rmsに対応しています。 従って、連続した正弦波ならフル振幅で115dBですが、男声の低音域のケースのように、波形の一部だけが極端に高い場合は、rmsより低い値になります。 高音域の場合は、波形が均等に分割(量子化)されて正弦波の集まりあるいは正弦波に近くなるので、倍数波構成に関係なくあまり差はないようです。 増幅器の状態監視の場合は実効値や平均値ではなく、増幅器スケールでのピークレベルが基本であることは、当然です。 女声ソプラノでは、もともと正弦波に近いので差は少ないと思います。 この辺を充分に知っていないと、男性のほうが歌声が小さいと思い込んでしまい、誤ったレコーディング設定して、なんか赤ランプがつくなあということで、特定の高さ以上の振幅をカットするリミッターをかけてしまい、男声の空気を揺るがすような声質を削除してしまいかねません。 特に声量が平均値で90dBあたりを越える中音域(C4-F4付近)とその2倍(C5-F5 付近)では、空気を揺るがす胴体共鳴によるスパイクも強く立つので、重要な問題です。 D2前後の極低音域の強いスパイク性発声は、比率では極端に大きいですが、全体の声量自体が70-80dBですので、録音系統ではそう問題にはならないでしょう。 むしろ、伴奏による干渉やメインアンプ系のダンピングやスピーカのばたつきなどによる演奏や再生の問題のほうが大きいでしょう。 位相干渉による波形変化については別章をごらんください。
   この図に出した試験結果からも、ここでのような信号系の設定のうえで得られた最大スケール115dBの設定によれば、さらに20dBの減衰を入力でかければ、135dBに問題なく対応でき、きわめて妥当なものだということが言えます。 ちなみに、NT2Aの最大音圧レベルは、147dBですので、一般的な録音はこの設定でレコーディングを行い、必要に応じて、マイクあるいはプリアンプに装備されている、5-20dBの減衰器を使えばいいわけです。 マイク(NT2A)には最大10dBの減衰器が付属していますので、合計30dBの減衰が可能ですから、145dBの音圧まで対応できることになります。 リミッターは原則として必要ないということです。 

図ー2(ブロックE)補足図  声量増大のパターンの再現

高音部G5で126dBに達する声量増大のパターンと身体共鳴との関係

図ー2のブロックEの減衰器を入れて記録した振幅を増幅してもとのサイズの115dBフルスケール(通常)に拡大し、ピークがスケールオーバーする様子を再現して示しています。 このように通常の強い共鳴波形のまま振幅が増大して115dB(グレー)フルスケールをそのままの形で、信号振幅が倍以上に膨らむようにクレッシェンドして121dB以上を超えている(最大126dB:図ー2ブロックEの説明参照のがよくわかります。 この図から、このスケールオーバーは、身体共鳴の結果の正常な波形を保ったままの振幅増大であり、声帯の振動不全による、吹き抜け音(ポップノイズ)の類の非音楽的ノイズではないことがはっきりわかります。

  次に、通常の音階範囲である、G2-D4で普通にやってみると、D5でぎりぎりセーフで意外なことに降下時のF4付近で共鳴して、0.7dBほど超えてしまいました(図ー2 ブロックD(115dB フルスケール)。 これは、ポップノイズではありません。 再生してみると、一瞬、空気を揺るがすようなビーンとした緊張が走ります。 この記録はー20dBで行い、結果を20dB増幅しての検証です。 経験的には、このような音階移動練習は慣れているため、声量が出やすいですが、実際の歌曲では、めったにはこの115dBは超えません。 もちろん個人差はあろうかと思いますが、私の合唱経験からしても、みなさんだいたいこんな傾向だと思います。

図-2ブロックD補足図 音階移動時に発生する振幅増大によるスケールアウト

115dBを超える声量増大現象と身体共鳴の役割り

これは、図ー2のブロックDにおける音階移動で発生した録音(115dB) のわずかなスケールアウト(約0.7dB)の波形の拡大図です。 赤*印がその部分の代表です。 先の図2ブロックEのように、正常なスパイクを持つ安定な発声のまま、音階移動にともなって振幅が増大してレコーディングがスケールアウトしているのがわかります。 これもポップノイズのようなものではなく, 歌声の一部なので、スケールアウトまたはリミッターで失うと歌唱のイメージが変化あるいは損なわれます。

  以上、概観していくと、歌唱の際の声量は千変万化であることがわかると思います。 いい録音をするためには、こういった男声のパルス的特性を熟知した上で、楽曲や環境ごとに、コンディションによって、あるいは個人の音階移動の癖によって、歌唱者と一体になって調節していく必要があるというわけです。 もちろん、プロの方々は当然ご存知のあたりまえの話で、釈迦に説法になってしまいますが、一般の方に少しは参考になれば幸いです。 歌うほうも録音しては自身で検証していかないと、無意識のうちに、こういったパルス現象のせいで台無しにしてしまうことも多々あると思います。

  元のHiRESファイルを再生して何が違うかというと、聴覚にのぼりにくい、このようなトランジェントピークによるビートを味わうためであるといえます。

図ー3 男声中音部のスパイク状発声波形ー

前章(第5章)最後に掲載したのと同じ写真ですが、男声の通常の発声で生じるスパイク状ビブラートを示します。

男声中音部のスパイク状発声波形 この左の図は、309Hz(D4)での男性の発声です。 20秒以上にわたる発声で息送りを抑制しているため、発声強度は中レベルであることに留意してください。 サウンドレベルメーターでは92dBほどですが、振幅スケールは上図A-Dと同じ115dBですので、この音源の最大記録レベルは105dBくらいです。 ゲジゲジのとなり同士の間隔は、約0.23秒(4Hz)です。 

図ー4 実際の楽曲での声量の自然増減現象-抜粋拡大図   

  音源:MP3-実際の楽曲での声量の自然増減現象-抜粋拡大図MP3  FLAC(HiRes-実際の楽曲での声量の自然増減現象-抜粋拡大図192kHz 24bits) 5.31MB

Phrase="das Wandern "美しき水車小屋の娘#1流浪の終盤の声量変化とサウンドスペクトル実際の楽曲での歌手の声量変化-抜粋拡大図シューベルトの美しき水車小屋の娘の冒頭の曲(流浪)の後半です。5番まであって全部で2分17秒の曲の2番の後半クライマックスです。 フレーズは”なーがれは、よるひるやすまず、おがーわ、おがーわ!”で、息継ぎなしの14秒間が要求されます。全体が24秒ですので、半分以上でノーブレスなので、5番まで続けて歌うとちょっと走ったぐらいになる曲です。 ほんとにくらくらします。 この2番が終わると、すぐ3番にはいりますので、終了時の大きな長い息継ぎはそのためです。
  さて、その後半のクライマックスのまた後半に”お(F3)->が(D#4)の跳躍があります。息継ぎしてから7秒ほど経過したところで、大変かと思うと以外と簡単に上がります。 その”お”の上には”*”をつけてあります。 その時、”お”に続く”が(赤字)”の発声で、口が自然に大きく開くので、自然にクレッシェンド的に振幅が顕著に増大します。 これは、D#4の2倍波の胸郭共鳴BR1の共鳴増幅を利用しているわけです。 もうひとつのメカニズムは、息がいっぱいのときより吐き出しがすすむほうが声量が意外と伸びる現象があり、また別章で詳しく解説します。

  この6度跳躍(ドー>ラ#)での”不満”が実際は2オクターブ近い音階のふくらみになり、立体的高潮感が特に苦労しなくても一気に拡大する曲想となるわけです。 この場所の波形は、2倍波と4倍波を周期とした正弦波に近い波形で、1倍波と3倍波が低いこともあり自動音階判定ではD#5に判定されます。この跳躍における実際の音源の大きさは、前の音階F3(お)では、95dBで跳躍後のD#4のクレッシェンドの後半では、109dBです。 この差の14dBは5倍の大きさに当たります。 スペクトルCとDを比較して、DのD#4において、2倍波が目立って高いです。 1倍波のピーク高差(ベースラインの-90dBを引いた相対値)が56.6dBで、2倍波が同81.3dBで、この差の24.7dBは、実に17倍に達し、D#4ではなくD#5と判定してもかまわないレベルです。 波形が、正弦波的に変化しているのはそういうことが原因で、見事な共鳴現象と見ていいでしょう。それによって、苦労しなくとも、ちょっと背筋を張るだけでも声量がぐっと5倍も伸びるのです。 これを”ソフトリミッター”とかでカットするか、逆にこのレベルに他の音の強度を合わせてしまうのは、乱暴すぎます。 この自然な声量の増大で出る空気を揺るがすような立体感が損失してしまいます。 
  シューベルトは、この現象を熟知して作曲しているようです。ドイツ語歌詞でも同様です。 この直前で息継ぎして構えるとバランス崩れ気味になるので、後半前段の頂点音階は共鳴音階(やっぱりD#4)で、そこから約6秒間で次第に共鳴から離脱していく下降音階列で声帯の緊張を解き(声量が暫減していることに注目)、その速度の勢いで続けて走りながら胸郭の体勢を転換すれば一気に共鳴を利用してD#4に跳躍し、しかも意外と息が復活してあとが楽です。 ドイツ語の歌詞では、”dasー>Wandern”となっており、明確に息継ぎ禁止(冠詞”das"+名詞”Wandern"で不可分)で、しかもその前からの同類のフレーズの入れ替えで続けて走れるようになっています。日本語には不可分の冠詞はないので、訳詞者はドイツ歌詞(さすらい)と同じ効果を一語の”おがわ”をその場所に当てることにより実現したと考えられます。 訳詞者の才覚も大事だということがわかると思います。 この当時の録音では、このスケールではA-DコンバータとOSの仕様により0.5が最大でしたので、ピークではぎりぎりでした(109dB)。 意外なスケールの突出であとでヒヤッとした次第です。 やり直しとなるとほんとにがっかりします。 以下に当時の録音の全体を示しておきます。 当時のフルスケールは約110dBです。 もし、この録音でリミッターをかけたり、レベル平均化をやってしまうと、前述のように楽曲の大事な響きと表現力が損失して面白くない歌唱記録になってしまうことになります。 ということは、このピークを問題にするのではなく、このピークに備えた録音・再生スケールの確保が基本であり、他の音のレベルは低くなるように録音すべきで、そうなると振幅解像度が問題になります。 だから、こういった特性をできるだけ再現するには、振幅および時間波数解像度の高い、ハイレゾ機器が不可欠になってくるということです。 これ以後、最大1.0のシステム(フルスケール115dB SPL)に更新をすすめた原動力になったわけです。 再生機器もそれ相応にハイレゾ化する必要があります。それについては、第4章 男声歌唱のオーディオ再生についておよび再生機器についてのページをご覧下さい(このページ最後に一覧リストがあります。


 この実例は、いつものごとく残響のほとんどない部屋で伴奏は全くありませんので、振幅およびスペクトルの時間変化がよくわかると思います。 声道共鳴のVDR1(約3000Hz)とVDR2(6000Hz)および胸郭共鳴のBR1のライン(600-700Hz)が通しで一望できます。 VDR1とBR1の間の倍数波は総じて弱いこともわかります。 男声歌唱の録音と再生では、このように時間軸と振幅軸を綿密に調整し最適化する必要があり、リミッターの使用やレベル均一化などには慎重にならざるおえませんね。 ダイナミックマイクロフォンなどの”音色”は結局は、こういった男声歌唱に伴う信号の過渡特性を損なうことと引き換えであることが多く、結局は自然音を録音するのに使われる振動体の軽いダイナミックレンジの広いマイクロフォンによるハイレゾタイプの自然録音が適しているということになります。

図-5 実際の楽曲での声量レベル変化量-全体像

全体音源MP3-実際の楽曲での声量レベル変化量-全体像MP3 FLAC(HiRes-実際の楽曲での声量レベル変化量-全体像192kHz 24bits)44Mb

Der Wandern 美しき水車小屋の娘#1 流浪の歌唱全体(5番まで)のサウンドスペクトル全体この図の上半分が振幅の時間変化で(縦軸:相対比例)、下半分がリアルタイムサウンドスペクトル(縦軸:周波数Hz)です。1番あたり16小節(全体2分17秒:四分音符80/分)の速さで歌っています。 番号は歌詞番号で、矢印は10秒の長さを示します。 この全体像について、MP3とハイレゾを用意してあります。 空気を揺るがすような成分まで再現するのには縦軸(振幅軸)のビット数の幅(ダイナミックレンジ)とパルス特性が重要であることがおそらく実感できると思います。 

図ー6 第九第4楽章冒頭の響きー

音源 (MP3-第九第4楽章冒頭の響きMP3  HiRes-第九第4楽章冒頭の響きFLAC 192kHz 24bits 2.82Mb)

ベートーベン第九冒頭の歌手の発声のサウンドスペクトルと声量変化図ー6は、有名なベートーベン作曲交響曲第九番第4楽章の合唱の始まりの前のバス/バリトンソロによるリーディングの冒頭出だしです。 転調のあるややこしい音階のようですが、男声歌唱を分析すると、まさにこのサイトで解説してきたことが凝縮しています。 まずA3 220Hzで叫び開始ですが、意外と声量は伸びません。せいぜい100dBです。 それは男声の共鳴点外だからです。代わりに倍数波が多く、声帯の振動エネルギーが分散して重層的和音が形成されています。 さて、次にその3倍波=660Hzのラインに着目してください。 装飾音符のA3でFrの子音発生とともに"o・・・”と母音がずり上げて発声されますが、それがE4に達して共鳴の法則により見事振幅増幅に成功!です。するどいビブラートとともに楽に110dBに到達です。 そして、あたかも3倍波をそのまま使ったのごとく、2倍波に”化けて”いますね。声帯振動からいうと、該当範囲を振動量子数3を2にしただけなので、簡単なのです。 すなわちA3の発声中に自分の3倍波を聞いておいて、それにめがけて、次のE4(330Hz)を発声すれば、A3の3倍波の660HzとE4の2倍波660Hzが一致するわけです。 

   はじめのA3では、声道共鳴のVDR1はD#7ですが、E4に共鳴してからは、半音あがってE7になります。 なんとなく半音上がったっぽく聴こえるのはそのせいかもしれません。 そのあと、そのあたりの共鳴領域を(E4-C#4)遊弋してから、G3にダブル子音(..n.d..)をはさんで降下し、振動を緩和して声帯の熱をさますというわけです。  そして、男声におけるこのA3とD4とEと転調C#4の親和性のよさ、そこれが、なぜ、あの交響曲がニ短調で作曲されたかという根源的理由でもあるのです。 この音源記録は、響きゼロに近い防音室なのでダンピングの利いた身体の響きしか聞こえませんが、ホールだとこの強い共鳴性ビブラートが、それなりに豪華に響くというわけです。 これを邪魔しないために器楽は静かにして、ソリストの自由にさせているのです! ですから、やっぱりリミッターなどかけて録音したらだめですね。  ベートーベンも声楽ではなく発声科学と音響物理学の専門家だったということです。 

 ここまでくると、音楽は聴かなくても鑑賞できるっていう、ちょっと生意気な境地になってきませんか? それがベートーベンの境地だと思えばなおさらですね。  これまでは音楽の特別な教育訓練を受けた特別な能力を持つプロでなくとも、音楽を分析し語ることができるツールをみんなが持つ時代になったということも大事なことです。

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    2.  第2章 男声の特質ーその1; ビブラートの性質と倍数波による重層的和音と現代音階の不協和音について
    3. 第3章 男声の特質ーその2: 和声とビブラートについて
    4. 第4章 男声歌唱のオーディオ再生について
    5.  第5章 男声歌唱のレコーディングにおける留意点
    6. 第6章-歌唱発声における物理的・身体的要因-進化論的考察
    7. 第7章 音階移動速度と身体の共鳴空間および部屋の残響時間の関係
    8. 第8章 男声歌唱のレコーディングにおける留意点-その3:最大音量
    9.  第9章 男声の特質ー低音限界発声について
    10.  第10章ー最大音量とスペクトルの歌唱言語による違い
    11  特別章ー男声の発する可聴周波数以下の超低音は聴こえるのか?
    12.  第12章 身体共鳴周波数と共振支配による発声波形の量子化と声量の関係の解析  
    13.  第13章 声帯振動と非声帯振動の比較と歌声
    14.  第14章 男性の超広帯域発声ーバスとテノール声区の連結 14Bバスとテノール連結声区の声洞の物理サイズの計算

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